みちしるべ
コロナ禍とコミュニケーション
From 八田武志(関西福祉科学大学学長・名古屋大学名誉教授・全珠連学術顧問)
4万年ほど前にネアンデルタール人は途絶えたが、我々の祖先ホモサピエンスは生き残った。
その原因には、ホモサピエンスが仲間を持ったこと、狩猟による栄養価が高い肉類の摂取で脳が発達してコミュニケーション力を高めたこと、道具を工夫し自然環境の変化に対応できたことがあり、体力的に劣るネアンデルタール人よりホモサピエンスの方が生存に適したとの説明がなされている。
最新の科学技術によりネアンデルタール人とホモサピエンスの脳化石から神経ネットワークをシミュレーションしてみると、後者が複雑なネットワーク、つまり新たな脳機能を生み出すのに優れたという。
仲間を持つことで脳の発達が促されて獲得したものには、自身の多様な感情の産出に加え、他者の感情を理解すること、すなわち想像力の発達がある。
それは「ことば」を単なる狩猟場面での連絡の道具から進化させたことであろう。
脳の発達とは神経細胞間の繋がりが豊富になることであり、仲間と生活を共にする様々な状況下は必然的に新しい神経ネットワークを次々と構築することになったのである。
一方、神経ネットワークは使用されないと自然に消滅する自動性を持つ。
例えば、ヒトの乳児は元々広範な音韻弁別力を持っているが、RとLの聴き分けが不要な日本語環境下では3歳頃にその関連神経ネットワークが消失することを1990年代の研究が証明している。
つまり、脳はできるだけ効率的に課題を処理するように可塑性を発揮するのだ。
このような脳の特性を考えると、コロナ禍で仲間と共有する時間が失われることはコミュニケーション力を低下させる可能性がある。
コミュニケーション力は「ことば」を構成する文法要素からの解釈だけでなく、声色や強弱などから情緒要素を的確に理解したり、表情や仕草から言外の意味を推定したりする包括的な能力のことである。
その不使用状況下で脳が上記のような自動性を発揮してしまうと、人類が古代から生き延びてきた源泉であるコミュニケーション力を脅かす事態にも繋がりかねない。
珠算教室に異年齢の子どもが集うことは、人間に最も大事なコミュニケーション力を培う大切な環境に他ならないと考える。