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2023/03/10

日本教育新聞社企画対談

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日本教育新聞社企画対談

持続可能な未来を描く「そろばん教育」

 

そろばん教育で目指す「誰一人取り残さない」社会

コロナ禍やウクライナ侵攻など、多くの痛ましい状況が日々報道される中、エネルギーやライフライン確保への注目度が高まっている。これらは「持続可能な開発目標(SDGs)」と密接に関わっており、より身近な問題となると同時に、教育現場でも注目度の高いテーマの一つとなった。持続可能な未来のために、そろばん教育は何ができるのか。渡邉 一衛 氏(成蹊大学 名誉教授、工学博士)と上野 雄大 氏(公益社団法人 全国珠算教育連盟 珠算教育研究所研究員)がその有用性を語った。

 

日本の技術力のベースとなった「読み書きそろばん」

そろばんを通じた、SDGsの理念に沿った活動

―ご自身の専門分野から見たSDGsの重要性や、専門分野との関連性を、そろばんの歴史を振り返りつつ教えてください。

渡邉 私の専門分野である工学における技術には、固有技術と管理技術があります。固有技術は物を作るための技術で、管理技術は品質管理や作業コストの管理をするなどの技術です。管理技術はさらにQC(品質管理)、人間工学、設備管理などに細分化できますが、その中でもIE(インダストリアル・エンジニアリング)、つまり、工場の生産体系のようなシステムの設計・改善が、私の一番の専門です。
例えば工場なら、材料から製品を生産する過程で、製品にならなかった残資源が発生します。それをいかに減らすか、いかに処理すれば地球環境への悪影響を減らせるかといった分析を、もう50数年も前から行っています。これは、SDGsの目標の一つである「つくる責任 つかう責任」にも関係してくるのだろうと思います。
問題解決のための答えはたくさんあり、だからこそどれを選ぶかが難しい時代ですから、SDGs的な観点で最適解を選ぶにはIEの考え方が役に立つのではないでしょうか。先ほどの工場の例で挙げた「材料」を今の地球のシステム、「製品」を将来の地球のシステムと捉えて考えていくこともできます。今の状態と、将来懸念される状態とのギャップを見て、起きるであろう問題を想定し、未然に防ぐにはどうしたらいいか。未来の子どもたちに残したい地球の姿を考えると、いかに残資源を減らすかという考え方になります。このように、仕組みを見える化できることが、構造化して物事を捉えることのいい点ではないでしょうか。

上野 2019年に全国珠算教育連盟(略称:全珠連)主催の学術顧問会議で渡邉先生からSDGsについてお話を伺い、「そろばんを通じてSDGsの理念に沿った活動ができるのではないか」と考えるようになりました。その後、私の居住する福井県では各企業や教育機関などと連携する「ふくいSDGsパートナー」という制度があり、これに、2020年の発足時から参加いたしております。今後も、そろばん教育を通じて「誰一人取り残さない」持続可能な社会に向けて活動していくことが重要ではないかと思います。
そろばん教育はもともと、SDGsの目標の一つ「質の高い教育をみんなに」そのものであると言えます。庶民に広まった要因の一つとして、江戸時代初期の1627年に吉田光由が出版した『塵劫記』という和算書が、版を重ねながらそろばんの教科書として広く普及したことがあります。『塵劫記』には生活に根差した計算方法が載っていたこともあり、そろばん教育が武家社会のみならず、広く社会全体の発展に寄与しました。
そろばん教育は、人間本来の力となる数概念を育成して質の高い教育を広めます。そして、豊かで持続可能な社会を発展させる原動力となる。そういった、昔から受け継がれたDNAのようなものがあるのではないかと思っています。

渡邉 鎖国の時代から個々の大名は海外の鉄砲などを購入して分解し、自分でも真似て作ったりしていました。そういうことができたのは、計算力があったからではないでしょうか。
そのような状況で開国し、明治時代には海外から技術や文化が大量に入ってきたり、反対に積極的に学びに行ったりするようになりました。そこに日本人の、自ら工夫して求められる以上のものを作ろうという考えが相まって、精度の高い製品ができるきっかけになったのではないかと感じています。資源がない国だからこそ、材料を輸入して加工したものを輸出して利益を上げていくという基本も、技術力を高めた要因でしょう。
これが戦後に管理技術として定着するベースとなったのは、「読み書きそろばん」と考えられます。ですから、一般庶民の誰もが、ある程度の計算力と論理的な思考力を持っているということは、とても重要だったと思うのです。
ただ、今懸念しているのは、計算に使用する道具がコンピュータになって、計算のプロセスが見えなくなったり、小数点以下の計算結果が何十桁も表示できるようになったりしていることです。これでは計算過程での間違いに気づきにくいし、その数字のどの位までが意味のある数値なのかも判断しにくい。そういう点で、そろばんは計算が見える化できる道具であると思います。

 

環境にやさしく、STEAM教育も可能

―近年は教育現場にもSDGsの学習コンテンツがあふれています。全珠連としてはSDGsの各ゴールをどのように捉えて、どのように活動に生かしておられるのでしょうか。

上野 全珠連は日本の伝統文化である珠算に関する調査研究と珠算教育の発展と向上、また社会の発展に寄与することを目的として活動しており、2023年9月に創立70周年を迎えます。長年にわたって、そろばんを通じ未来を担う子どもたちへの教育に携わってきました。また、そろばんそのものが「つくる責任 つかう責任」の理念に沿うものだと思います。
具体的には、そろばんは天然の素材を使っていて、祖父母の代で使ったものを孫の代で使うこともできます。電力を使わない面からも、非常に環境に優しい。さらに、反復練習により集中力の強化が図れて、機械に頼らない脳をつくります。生産から教育まで完結できて、道具としても教具としても非常に優れており、SDGsとも合致しています。
当連盟ではさらなるそろばん教育の普及と向上に向けて、珠算教育者の質を高めるための研修として全国珠算研究集会を毎年開催、また、珠算指導者講習会も実施し、伝統の継承・発展や質の高い教育を目指して継続的に活動しています。同時に、小学校算数科のそろばん授業に珠算教育者を講師として派遣する事業も行っています。小学校での授業では、そろばんの使い方を見せるだけではなく、例題を出して計算方法を類推させることがポイントです。一人一人が推測した解法について2人組や4人組で対話をして、まとめた意見を発表してもらう。それによって興味を持ち、理解力も高まりますし、コミュニケーションもとれます。
使い方を示すだけでなく、算数科に加えて総合的な学習の時間などを活用して、タブレットでそろばんの産地について調べたり、外国語では数字をどう言うかを調べたり、リモートで他国の同年代の子どもとそろばんについて話し合ったりと、教科の枠を超えたSTEAM教育も可能と考えています。
また、刑務所や矯正施設にも講師の派遣を行っていて、私も篤志面接委員として被収容者にそろばんを教えています。そろばんが有効的な教具であることを理解してもらい、反復練習により計数的思考を訓練することや、日常生活におけるそろばんの役割と活用結果を認識させ、興味と実践効果を高めることに努めてきました。
学習意欲を高めるため、検定試験を目指して模擬テストも行っています。受講者にはそろばん未経験者も少なくありません。一人一人の理解度に応じて取り組むことにより、自ら目標を設定し、成功体験や小さな失敗体験を繰り返すことで粘り強く考え、やり抜く力や自己肯定感が養われます。自分の進歩を肌で感じることができ、どの受講者も今よりも進んでいこうという前向きな気持ちになっているようです。私たち篤志面接委員は、被収容者の未来と社会をつなぐ架け橋の役割を担い、そろばん教育を通じた人間性や社会性の向上とSDGsの理念にあるように「誰一人取り残さない」社会への実現に向けて、「人や国の不平等をなくそう」ということを推進して活動しています。

渡邉 そろばん教育の中でも特にそろばん塾の役割を考えると、一つの教室にいろいろな学年の児童・生徒がいることが、とても特徴的だと考えられます。さらに、個々の子どもたちの能力に応じた個別指導であり、小学校低学年から中学、高校まで一貫して同じ先生から学べるところも、いいと思っています。
高齢者には、手を動かすことで脳を刺激して、認知力が落ちにくくなるという役割もあるでしょう。脳を活性化するという役割も、今後大きくクローズアップされればと思っています。
先ほど環境配慮の面で電気がなくても使えるというお話がありましたが、全世界を見ると電気がない場所で学ぶ人もいますから、そういう場所でも使える教具だということをきちんとPRすれば、もっと全世界に広がるのではないかと思います。まさに、「誰一人取り残さない」というところにつながっているのではないでしょうか。

 

目まぐるしく変わる教育業界において人間本来の強みを育成する

―現代の子どもたちは、GIGAスクール構想や学習指導要領の改訂など、まさに教育改革の激流の中にいます。子どもたちを取り巻く環境について、お考えをお聞かせください。

上野 いま、子どもたちは、1人1台タブレット端末が配布されて、それを使って授業を受けたり課題に取り組んだりしています。SDGsについても小学校では2020年度から、中学校では2021年度から必修化されていて、子どもたちのほうが私たちより詳しいくらいです。
小学校学習指導要領では「そろばんは、どの桁の珠も同じ大きさの形でできている。この仕組みは、同じ記号で異なる数を表すという位取り記数法に沿ったものであることから、そろばんで数を表したり、計算をしたりすることは、位取り記数法の理解を確かにすることにつながる」と明記されており、引き続き小学校第3・第4学年で学びます。算数科のそろばんでは、数や計算の基礎的な知識や技能を身につけ、そろばんに興味を持つこと。また500年以上引き継がれた日本の伝統文化を学ぶという意味もあります。
例えば小学校第5学年で習う最大公約数・最小公倍数の問題も、そろばんを使って求めることができます。どのように答えにたどり着いたかを実際に玉を操作し、計算過程と結果に加え、どのように考えたかを可視化できるという利点もあります。問題を多方面から捉えることで俯瞰力の育成にもつながると思います。
また高等学校に目を移すと、2022年度から学習指導要領が全面実施され、そろばんの歴史は商業科の教科書であるビジネス基礎に掲載されています。『塵劫記』からそろばん教育の普及、外国におけるそろばんの評価と、楽しみながら数の仕組みが理解できる教具として、頭脳の発達に重要な働きがあると考えられているという内容です。
このような変化の一方で、キャッシュレス化などによって、概算で見積もったり、お釣りを計算したりする必要がなくなりました。便利になった反面、生活の中で学ぶ場面が減ってしまったのです。考える機会が少なくなるということに若干の懸念を感じます。
そろばんを通じて身につく能力は、人間本来の強みを育成するもので、これからも求められていくでしょう。ですからそろばん教室は、将来、社会で役に立つ能力を磨くために豊かな人間性を育み、社会性を養う場でありたいと思います。

渡邉 私は武蔵野市の教育委員でもあるのですが、同市では、SDGsについてきちんと書かれていることを一つの評価として教科書を採択しました。そうすると、教育する中で先生方も学びますし、子どもたちも自由研究等で取り上げたりします。ですからそろばん塾でも、「うちの塾では17個の目標の中のこれに取り組んでいます」というようにアピールすることで塾のPRになるし、そろばん塾の先生方も社会に目を向けながら教育をしているということが見えてきますから、ぜひ実践していただきたいと思います。
少し年代が上がって私が接した大学生を見てみると、彼らは小学生くらいからスマホの時代で、待ち合わせの時に時間や場所をだいたいでしか決めません。食事をする店も実際に集まった人数で決めたりして、自由度が高まっているとも言えますが、物事をきちんと決めないことが多くなっていると感じます。
また本を読まなくなって、特に長いものは面倒くさがって読みません。それから、パソコンへの入力は得意になりますが鉛筆で書くことが減るので、例えば漢字が覚えられず書くことができなくなる。学校の先生方はかなり大変だろうなと思います。
便利な世の中ですが、プロセスが分からないまま答えが出てしまうと、有効数字や概数の概念が身につかず、判断力にも欠けてくるという危機感はあります。ですから、そろばんに限らずプロセスと結果が見えるものは、大切にしてほしい。これは多分、人類発展の上でも大切なことなのではないでしょうか。
少し別の話になりますが、例えば中学校で二進法を学びます。これはコンピュータの中の計算の仕方と同じです。仕組みを学べば、掛け算は足し算であり、引き算も、割り算も、実は全て補数を利用した足し算で計算できることが分かりますし、そろばんでその構造を学べます。つまり、コンピュータの中で起こっている計算が、そろばん上で目に見えるのです。SDGsに関連しているプログラミングの学習も、そろばんを題材にして、玉の動きをプログラミングするといった学習方法もでき、発展性が高いと思うのです。

 

未来に向けたさらなる発展を見据えて

―最後に、持続可能な未来へのイメージと、全国の教員へのメッセージをお願いします。

上野 そろばんはプロセスが見えるので、教育的にも価値があるはずです。子どもたちは、情報化社会において環境が激変する時代を生きていくわけですから、新しいものをどんどん取り入れて進化しつつ、そろばん教育の不易なる本質を継承して、そろばんを広めていきたいと思っています。それを通じて、社会で活躍する子どもたちの育成、持続可能な未来を描くそろばん教育を実現していきたいです。
全珠連も参画している全国珠算教育団体連合会(略称:珠算連合)では、小学校3年生、4年生の算数科そろばんの授業で活用できる副教材「たのしいそろばん」を各地の小学校に無料で配布しています。また、珠算連合のホームページからもダウンロードでき、指導に沿った動画も公開しています。ぜひ、全国の小学校の先生方にも活用していただき、そろばん指導に役立てていただければと思います。

渡邉 今はSNS等々で世界中に発信することができますので、海外に向けてもどんどん発信してほしいです。そのためには先生方も、そろばんの技術を教えるだけでなくて、そろばんが社会的にどういう役割を演じられるかを深く考えていただけると、さらに発展が望めるのではないでしょうか。
小中学校の現場を見ると、働き方改革だけでなく、学校教育と地域や家庭との連携が盛んに言われるようになっています。その一環として地域のそろばん塾の先生方と連携していただきたいですね。学校の校長先生、あるいは地域のコーディネーターの方とのつながりを持っていただけると、そろばん塾の先生方の行っているそろばんの学習方法が、学校の中でスムーズに実践できるようになるのではないでしょうか。
すでに実施していただいていますが、まだまだ不足している部分はあるので、できるだけうまく全珠連等、そろばん塾の先生方と連携していただきたい。そうすると学校の先生方の教えにくい部分をより深く子どもたちが学べるようになるのではないかと思っています。

―本日はありがとうございました。

 


渡邉 一衛 成蹊大学名誉教授・工学博士


上野 雄大 公益社団法人全国珠算教育連盟珠算教育研究所研究員

 

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