「読み書きそろばん」から,「新寺子屋」へ
江戸時代の日本は,当時では世界で最も高い識字率5割程度にまで達していたといわれ,現代日本への発展の原動力になったといわれています。江戸庶民の初等教育から始まった「読み書きそろばん」。私は「そろばん」と並んで重要な「書き」に打ち込んできた書写書道家です。
私は書写指導を生業として取り組んでから19年目になるまだまだ若輩者でありますが,多くの方々の支えのおかげでここまでやってこられました。このたびYELLへの寄稿という貴重な機会をいただきましたので,今までの私の活動を振り返りながら,改めて「読み書きそろばん」の大切さを皆様とご一緒に考えて参りたいと思います。
私が書写を始めたのは4歳のときでした。最初はいくつかの習い事の一つとしての取り組みでしたが,8歳のときに全国書写書道教育振興会の創設者,吉田宏先生のご指導を受けてから心の扉が大きく開きました。
吉田先生の熱い言葉,希望を与えてくれる励まし,その素晴らしい指導に強く引きつけられ全身全霊で書写に取り組むうちに,書写の喜びや奥深さに夢中になっていきました。小中高校と「とめ・はね・はらい」の日々を過ごし,大学に進んでからも兵庫県芦屋市から吉田先生の教室がある東京都青梅市まで毎月通って書写を続けてきました。
大学生の頃,ご縁に恵まれて兵庫県神戸市の私立幼稚園で「書き方」の指導を担当することになりました。書写教室で後輩の指導をお手伝いしたことはありましたが,本格的な幼稚園児の指導は私にとって初めて経験する困難な壁でした。
「そろばん」でも同じこととは思いますが,「書きかた」でも集中力が全てです。まだ幼い子供たちは集中が続かずに,教えたことが全く定着しませんでした。いえ,定着どころではありません。授業を始めた矢先にトイレに行ってしまう子供やおもちゃで遊びだす子供,50分間を終えると私の方がへとへとになってしまいました。
このままでは続かない…と悩んだ末に,ただ一生懸命に指導するのではなく子供たちが自然と集中するようなやり方を工夫してみようと考案したものが「文字リズム」です。美しい文字を書くにはいくつかのポイントがあります。いたずらにお手本をなぞっても,そのポイントを理解し覚えないと美しい文字を書けません。そのポイントを音やイラストを組み合わせてリズム化しました。このリズムに合わせた指導が子供たちの興味をひき,指導者が大声でバタバタしなくとも子供たちの集中が続くようになりました。
この成果はすぐに形となり,園児の全国大会入賞が相次ぎました。他の幼稚園からもお声がかりをいただき,先生方に「文字リズム」による書き方をご教授する指導者指導も進んでいきました。これらの活動の中でご支援くださる方々がだんだんと増えていき,幼稚園での硬筆指導に加え,硬筆毛筆指導を行う教室を立ち上げて現在に至ります。
私が書写指導に取り組んできた19年間で世情は変化があったように思います。最も大きな変化のひとつがITの普及です。物心がついたときからコンピュータと出会う「デジタルネイティブ世代」が生徒の中心世代になりました。その時代の流れの中で,書写の喜びや厳しさ,美しい書き方の素晴らしさを伝えることの難しさは日々大きくなってきています。それでも,生徒たちがこれから向き合っていく高等教育や社会活動の中で糧となる,「昔風お稽古」の姿勢を身につけるお手伝いをするべく,もがき悩み試行錯誤を続ける毎日を送っています。
私はこのように書写教育で二度目の困難な壁に向かっています。「文字リズム」の発明で一つ目の壁を越えたように,この二つ目の壁を超える知恵と工夫はないものか?そこで今取り組んでいるのが「クラウド版文字リズム えんぴつはかせ」の開発です。
「教育の多様化」「グローバル化」これらの変化の中で集中の大切さを生徒に実感させるために,新しい技術をどん欲に取り込んでいく革新を実行しながら「読み書きそろばん」の原点に立ち返ることは大切なテーマであるかと考えます。「読み書きそろばん」の教育ツールを組み合わせた現代の寺子屋は,未来日本の発展の原動力になるのではないでしょうか?
文字文化だけではなく,さらに美しきさまざまな日本文化に触れ体験できる「新寺子屋」は世界で活躍できる日本人を生み出すことができるのではないか?そのような大層な夢を持ちながら,今日も正座して「お願いします!」とお稽古を始めます。