大脳の脳波を比較研究
神経心理学専門 八田武志博士による「左右大脳機能差の実験」をご紹介します。
そろばん経験のある者と経験のない者とを二分して大脳機能差の比較研究を行った。大脳の発達に指の運動が有効であることは従来言われてきたことであるが、珠算学習の積み上げによって抜群の暗算力をもつ珠算熟練者たちと、それらの経験が全くない者とを対象的に暗算などを通して比較実験し、裏付けをとったのは今回が初めて。実験結果はこれまで表面に出てこなかったさまざまの課題を浮き彫りにして注目されている。
実験について
実験は珠算熟練者が暗算をする時に、心的操作として、まずそろばんを頭に浮かべ、それから計算をする—このことから次の目的で行われた。
②そろばんの学習経験によって数を扱う能力は学習能力のない者とは異なる大脳機能差傾向が示されるかどうかの検討。
実験の装置はマイクロコンピュータ、ディクスドライバー、プリンターなどで被験者はヘッドホンをつけ、一方の手で人差し指、薬指、中指、小指といった一定の順序で四つのキーを順番を間違えないようにできるだけ速く打ち、15秒間にどれだけ多くのキーを正確に打つかを測定する。次は手を替えて左右交互にくり返す。
指示はヘッドホンを通じて行い、次の段階の計算の実験では、手で前記の通り順序よくキーを打ちながら、珠算熟練者には各問2桁の加算を8回、統制群には同じく6回にわたって行う。いずれも各15秒間。問題の難易度は二群間に格差をつけている。
「言語記憶」の実験では新聞記事の事件やスポーツの報道文をヘッドホンを通して流し、手は前記のキー打ち作業を続ける。言語の聴き取りや記憶、あるいは計算活動と、キーを打つ行動とどのような干渉作業が生じるか、それが左、右の手によってどのように違うかを検討しようとしたわけである。
第二の「両耳分離による実験」では、両耳に同時に、一方から3桁の数字を、他方からは40組のタコ、ヤマ、コイ、ユキなどよく知られた清音2音節の言葉を刺激テープとして流した。
結果
そろばん熟練者は右脳が容易に活性化
計算課題では統制群は左脳が活性化する。左脳の活性化が生じていたために右手のキーを打つ作業によって、より大きな“干渉”が生じている。これに対し、そろばんの熟練者群では、統制群とは正反対で右脳が活性化して、右脳の深い関与を受けている。
言語課題でも同様な結果が出ているが、見落とせないのは、そろばん熟練者群は脳に対し、左手でも右手でもキーを打つ作業では両方とも同じ程度の干渉率を示している点である。
八田先生は「そろばんの熟練者は脳のメカニズムが、右脳が容易に活性化するようなものになっているかも知れない」と書いておられる。
右脳が活性化するそろばん学習
これにより「非言語的な視覚材料、あるいは聴覚材料の認知処理には右脳が強く関与すること」「イメージ(心像)による操作を含む認知課題には右脳が強く関与すること」が明らかにされた。
計算に関する脳の機能についても、ここ30年来さまざまな報告が行われているが、統合して言えることは、健常成人(普通の一般の成人)の場合右脳が計算に関与することはあるにしても左脳の方が計算能力に主要な役割を果たすことが推測されている。
八田先生の今回の実験は珠算熟練者が暗算をする時の左脳と右脳の機能と活性にスポットをあてて未学習者との比較検討をされたわけである。
大阪市立大学文学部卒。文学博士。神経心理学専門。著書に「大脳半球機能差に関する研究」(風間書房)「右脳・左脳の心理学」(有斐閣)などがある。